不謹慎?
2011年03月15日
この震災で、たくさんの方がお亡くなりになり、沢山の方が未だに大変な生活をされている。
行方不明の方もいらっしゃるし、原発の問題だってある。
そのことは、僕だって大変だと思うし、お気の毒だと思うが、それにしても僕らは普通の生活をしてはならないのだろうか。
テレビが通常番組を放送しだしたら、不謹慎だとクレームが来たらしい。
ツイッター上で、他の話題で楽しくしていたら、不謹慎らしい。
旅行は自粛。
ゴルフコンペも自粛。
別に被災地に行くわけでもないのにだ。
理由は、東北・関東が大変なときに不謹慎だからだそうだ。
そんなコトしてたら、日本経済のほうが先にダメになってしまうぞ。
誰かが大変な目にあっているときに、普通の生活を送ったら不謹慎なのだろうか?
娯楽はすべて自粛しなければならないのだろうか?
長野で節電したって、大した意味が無いのに、それでも節電するのが人間でしょうか?
僕には意味が分からない。
そもそもそう言っている人たちは、ニュージーランドの地震の時には何をやっていたのだろうか。やはり、何かを自粛し、不謹慎だと言っていたのか。なにかを節約し、支援しようとしていたのか。チリでたくさんの人が地下に埋まってしまったときは何をしていた?外国だから関係ない?日本人がいないから?日本で起きたら不謹慎で、外国で起きたら不謹慎でないのはなぜ?人種差別?距離の問題?
だいたい、ひとりが天災にあったり、犯罪被害にあって亡くなってもなにも自粛しないのに、大量の人がなくなったからといって不謹慎だとわめきだすのはどうだろうか。
そういうのって数の問題だろうか。
大勢の被害なら自粛するが、ひとりの被害なら自粛しない。
マイケル・サンデルの授業のような話だ。
なら、身内の人がひとり災害にあったら、あなたはどうしますか?やはり人数が少ないから自粛しないのだろうか?
大変な被害に合われた方は心配だし、僕にできることはしてあげたいが、自分の何かを犠牲にしてまで協力するかどうかは、その人の判断次第で、誰にも文句をいう筋合いはないはずだ。その人の経済状況だってあるわけだし。しかも、その犠牲で得られたものが、節電のようにほとんど被災者にとって無意味なものであるときは、ただの取り越し苦労であって、馬鹿馬鹿しいはなしだ。
それを、自粛すべきだとか、節約すべきだとか言っている人たちは、ただ感情で物を考えずに、冷静になることから始めたほうがいい。そして、ほんとうに自分が何をするべきか、もう一度そこから考えてみたらどうだろうか。
行方不明の方もいらっしゃるし、原発の問題だってある。
そのことは、僕だって大変だと思うし、お気の毒だと思うが、それにしても僕らは普通の生活をしてはならないのだろうか。
テレビが通常番組を放送しだしたら、不謹慎だとクレームが来たらしい。
ツイッター上で、他の話題で楽しくしていたら、不謹慎らしい。
旅行は自粛。
ゴルフコンペも自粛。
別に被災地に行くわけでもないのにだ。
理由は、東北・関東が大変なときに不謹慎だからだそうだ。
そんなコトしてたら、日本経済のほうが先にダメになってしまうぞ。
誰かが大変な目にあっているときに、普通の生活を送ったら不謹慎なのだろうか?
娯楽はすべて自粛しなければならないのだろうか?
長野で節電したって、大した意味が無いのに、それでも節電するのが人間でしょうか?
僕には意味が分からない。
そもそもそう言っている人たちは、ニュージーランドの地震の時には何をやっていたのだろうか。やはり、何かを自粛し、不謹慎だと言っていたのか。なにかを節約し、支援しようとしていたのか。チリでたくさんの人が地下に埋まってしまったときは何をしていた?外国だから関係ない?日本人がいないから?日本で起きたら不謹慎で、外国で起きたら不謹慎でないのはなぜ?人種差別?距離の問題?
だいたい、ひとりが天災にあったり、犯罪被害にあって亡くなってもなにも自粛しないのに、大量の人がなくなったからといって不謹慎だとわめきだすのはどうだろうか。
そういうのって数の問題だろうか。
大勢の被害なら自粛するが、ひとりの被害なら自粛しない。
マイケル・サンデルの授業のような話だ。
なら、身内の人がひとり災害にあったら、あなたはどうしますか?やはり人数が少ないから自粛しないのだろうか?
大変な被害に合われた方は心配だし、僕にできることはしてあげたいが、自分の何かを犠牲にしてまで協力するかどうかは、その人の判断次第で、誰にも文句をいう筋合いはないはずだ。その人の経済状況だってあるわけだし。しかも、その犠牲で得られたものが、節電のようにほとんど被災者にとって無意味なものであるときは、ただの取り越し苦労であって、馬鹿馬鹿しいはなしだ。
それを、自粛すべきだとか、節約すべきだとか言っている人たちは、ただ感情で物を考えずに、冷静になることから始めたほうがいい。そして、ほんとうに自分が何をするべきか、もう一度そこから考えてみたらどうだろうか。

